
「アンケートやインタビューの言葉だけでは見えないユーザーの本音を、4つの領域でどう整理すればよいか知りたいです。」
プロダクトの新規企画やUX(ユーザー体験)の改善、社内のDX推進に取り組む際、「ユーザー目線で考えよう」とアンケートやヒアリングを実施したものの、当たり障りのない建前の要望ばかりが集まり、本質的な改善のヒントが見えてこないという悩みをよく耳にします。
ユーザー自身も言葉にできていない無意識の行動や本音(暗黙知)を可視化し、チーム全員で共通の解像度を持つための極めて強力なフレームワークが「共感マップ(Empathy Map)」です。
共感マップは、世界的なイノベーション手法である「デザイン思考(Design Thinking)」の第1ステップ「共感・理解(Empathize)」を実践するための中心的なツールとして位置づけられています。「客観的な事実」と「主観的な推測」を厳格に切り分けて整理することで、表面的な言葉に惑わされず、言動の裏に隠された真のインサイト(隠れた本音)を発見できるようになります。
本記事では、デザイン思考における共感マップの役割から、4つの象限(SAY / DO / THINK / FEEL)の具体的な書き分けルール、暗黙知を掘り起こす観察・体験のノウハウ、そしてカスタマージャーニーマップや問題定義(POV)への応用展開まで、具体例を交えて分かりやすく解説します。
- デザイン思考の第1ステップ「共感(Empathize)」における共感マップの役割と位置づけ
- アンケート(形式知)では見抜けない「暗黙知」を現場の観察・体験で掘り起こす理由
- 共感マップの4象限(SAY / DO / THINK / FEEL)の構造と具体的な記入ルール
- 最も重要な鉄則:「客観的事実(左側)」と「主観的推測(右側)」の厳格な分離
- 演習事例に学ぶプロット例(デスクで悩む男性、アイロンがけをする女性の心理分析)
- 共感マップを「カスタマージャーニーマップ」や「問題定義(POV)」へ連携させる方法
デザイン思考における「共感マップ」の位置づけと役割
共感マップの具体的な書き方に入る前に、まず「デザイン思考全体の中で共感マップがどのような役割を果たしているのか」という位置づけを押さえておきましょう。
デザイン思考の第1ステップ「共感(Empathize)」を支える必須ツール
スタンフォード大学d.schoolが提唱するデザイン思考は、「共感 ➔ 定義 ➔ 発想 ➔ 試作 ➔ テスト」という5段階のプロセスで進められます。

共感マップは、このプロセスの最初の出発点である「共感・理解(Empathize)」のフェーズで最も頻繁に活用されるフレームワークです。
企画者や開発者が机の上で自分たちの思い込みや都合でアイデアを考えるのではなく、「ユーザーの靴を履いて世界を見る(ユーザーの視点に完全に同化する)」状態を作り出すために、現場で観察したユーザーの行動や感情を1枚のシートに集約します。
スタンフォードd.school流「デザイン思考の5段階プロセス」全体の流れや8つのコア能力、反復(ループ)のコツについて詳しく知りたい方は、以下の基本解説記事もあわせてご覧ください。
なぜアンケートだけではダメなのか?「暗黙知」を掘り起こす必要性
「ユーザーを理解するためなら、アンケート調査やヒアリングをすれば十分ではないか」と思われるかもしれません。しかし、人間は言葉(建前)と実際の行動(本音)が大きく食い違うことが多々あります。

アンケートで集まる回答は、言葉や数値で表現できる「形式知(氷山の一角)」に過ぎません。「もっとヘルシーなメニューが欲しい」とアンケートで答えた顧客が、店舗に行くとジャンクなハンバーガーを注文してしまうように、顧客自身も自分の無意識の欲求や本音に気づいていないことが多いのです。
イノベーションや真に愛されるUXを生み出すためには、水面下に沈む「暗黙知(言葉にできない習慣・感情・本音)」をすくい上げる必要があります。

暗黙知を獲得するために、デザイン思考では以下の2つのアプローチを行います。
- 観察(Observe):ユーザーが実際に業務を行ったり製品を使ったりしている現場をありのまま観察し、「どこで操作の手が止まったか」「どんな表情をしたか」を記録する。
- 体験(Immerse):自分自身もユーザーと全く同じ環境で作業を行い、感じる不便さや身体的負荷を体感する。
この「観察」と「体験」を通じて得られた生々しい情報を整理・構造化するための器こそが、共感マップなのです。
共感マップの基本構造と4つの象限
共感マップは、特定のユーザーがある状況において「何を言い、何を行い、何を考え、何を感じていたのか」を以下の4つの象限に分けて整理します。

4つの象限(SAY / DO / THINK / FEEL)の役割
- SAY(発言):ユーザーが実際に口にした言葉、発言内容(事実)
- DO(行動・動作):ユーザーがとった身体的な動作、操作手順、目線、周囲の様子(事実)
- THINK(思考):頭の中で何を考えていたか、巡っていた独り言の推察(推測)
- FEEL(感情):その瞬間に抱いていた不安、焦り、苛立ち、安心感などの感情の推察(推測)
最重要鉄則:「客観的事実(左側)」と「主観的推測(右側)」の厳格な分離
共感マップを作成する上で、最も守らなければならない鉄則が「シートの左側(事実)と右側(推測)を明確に切り分けること」です。
| 領域 | 象限 | 記入のルールとポイント |
|---|---|---|
| 左側 【客観的事実】 |
SAY(発言) | 本人の発言をそのまま記録する。「操作が難しい」「便利だ」など、主観を挟まずカギ括弧で抜き出す。 |
| DO(行動・動作) | カメラで撮影できる物理的な動作のみを書く。「画面を3回スクロールした」「ため息をついてマウスから手を離した」など。 | |
| 右側 【主観的推測】 |
THINK(思考) | 事実をもとに「頭の中で何を考えていたか」を推察する。「ボタンを押すとデータが消えるかも」「締め切りに間に合わない」など。 |
| FEEL(感情) | 湧き上がっていたであろう感情を言語化する。「不安」「焦り」「苛立ち」「後悔」「安心感」など。 |
多くの初学者が「ユーザーが困っていた」「悩んでいた」とDOに書いてしまいますが、これは観察者側の「推測(解釈)」です。DOには「眉間にシワを寄せ、5分間画面を見つめていた」という客観的な身体動作のみを記録し、「困っていた」という解釈は右側のTHINKやFEELに書きます。
共感マップを書く際、「一般的な20代会社員」のような抽象的な平均像を対象にすると、当たり障りのない意見ばかりが集まり暗黙知が消えてしまいます。現場で出会った「特定の具体的な1人のユーザー(N=1)」に徹底的にフォーカスし、その人の生々しい行動と表情をプロットすることが、深いインサイトを発見するための鉄則です。
共感マップの具体的な書き方と実践手順
実際の観察事例をもとに、どのように共感マップを埋めていくのか具体的に見ていきましょう。

事例1:デスクで作業する男性の観察例
オフィスでパソコン作業をしている男性の様子を観察した場合のプロット例です。
- SAY(発言):発言なし(無言)
- DO(行動):頭を抱えながらノート上でペンを左右に動かす、目の焦点が合わず一点を見つめる、丸めた紙くずが机に散乱
- THINK(思考):「全然良いアイデアが出ないな」「締切が近いのにどうしよう」「もう疲れた、早く帰りたい」
- FEEL(感情):焦り、疲労感、行き詰まり、プレッシャー
事例2:アイロンがけをする女性の観察演習
日常生活の観察演習として、女性がアイロンがけをしている動画を観察したプロット例です。

- SAY(発言):発言なし
- DO(行動):アイロンをかけながらスマホを凝視している、アイロンを動かすと服がくっついて持ち上がる、スマホから目線を外して服を覗き込む
- THINK(思考):「あれ、普段と感覚が違う?」「お気に入りなのに焦げたかも」「彼になんて言い訳しよう(同棲相手の服と仮定)」
- FEEL(感情):面倒くささ、焦り、後悔、怒られる恐怖
ここで重要なのは、「DO(客観的動作)からTHINK/FEEL(心理)を読み解く推察のステップ」です。
例えば、「スマホから目線を外して服を覗き込んだ」という動作から、「異変に気づいて焦っている心理」が読み解けます。また、「アイロンをかけながらスマホを見ている」という姿勢から、「アイロンがけを面倒に感じており、他のことへ気を取られている感情」を推察できます。このように、わずか数十秒の無言の動画であっても、4つの象限に分解することでユーザーの背景にある文脈や感情の動きが鮮明に浮かび上がります。
付箋と色分けを活用したワークショップの実践テクニック
共感マップを作成する際は、ホワイトボードや付箋ツール(Miro等)を活用し、チーム全員で行うのが効果的です。
- 1枚の付箋に1つの要素:後から自由に並び替えやグルーピングができるよう、付箋1枚につき1つの発言・行動・感情を書きます。
- 付箋の色分けルールを決める:「青=ポジティブな発言・感情」「赤=ネガティブな不満・焦り」「黄色=中立的な事実」のように色を統一すると、全体の傾向が一目で分かります。
- 複数人で観察を持ち寄る:同じシーンを見ていても、人によって着目するポイントが異なります。複数人で推察をぶつけ合うことで、バイアスのない多角的なユーザー理解が可能になります。
共感マップから次のステップへつなげる応用展開
共感マップは作って終わりではありません。次のUX設計や問題定義ステップへとつなげるための土台となります。
時系列に並べて「カスタマージャーニーマップ」へ発展させる
共感マップはある一瞬の切り取りですが、これを「時系列(ユーザーの行動プロセス)」に沿って横に並べることで、「カスタマージャーニーマップ」を作成できます。

「認知 ➔ 検討 ➔ 利用 ➔ サポート」という各段階において、ユーザーの感情(FEEL)がどこで最も落ち込んでいるか(ペインポイント)を特定し、優先的に改善すべきポイントを明確にします。
自社のビジネスモデルによってUXの設計範囲が変わる点にも留意が必要です。例えば小売店なら「入店から退店まで」ですが、食品メーカーなら「購入後、自宅で調理して食べるまで」の体験全体を射程に収める必要があります。
言動の矛盾から「インサイト(本音)」をあぶり出しPOVへ渡す
共感マップの左側(事実)と右側(推測)を見比べたとき、「発言と行動の矛盾」や「行動と感情のギャップ」に注目します。
先ほどのアイロンがけの例では、「大事な服だからアイロンをかけているのに、スマホを見ながら雑に扱っている」という矛盾があります。ここから、「手間はかけたくないが、周囲にはだらしないと思われたくない」というインサイト(隠れた本音)が見えてきます。
このインサイトをもとに、デザイン思考の第2ステップである「定義(Define)」でのPOV(Point of View:着眼点)作成やHow Might We(アイデア出しの問い)へとスムーズにバトンを渡すことができます。
共感マップの矛盾から「インサイト」を抽出し、魅力的な問題定義(POV)とHow Might We(問い)を作成する詳しい手法は、以下の専門解説記事をご覧ください。
チームでデザイン思考の共通言語を身につける
共感マップを効果的に使いこなすためには、チーム全員がデザイン思考のプロセスや「事実と推測の切り分け」の感覚を共通言語として共有していることが不可欠です。
共感マップの具体的な書き方やインサイト発掘、カスタマージャーニーの作成手順を動画と実践演習で体系的に学びたい方は、以下のUdemy講座がおすすめです。基礎から実務への適用手順まで、豊富な事例を通じてスムーズに習得できます。
共感マップは、作り手の思い込みを捨て、ユーザーが本当に体験している世界に寄り添うための思考フレームワークです。
- デザイン思考の第1歩:5ステップの「共感(Empathize)」を支え、暗黙知を捉える中核ツール
- 事実と推測の分離:左側(SAY / DO)の事実と、右側(THINK / FEEL)の推測を厳格に切り分ける
- 暗黙知の獲得:アンケートの建前に惑わされず、現場の「観察」と自らの「体験」から本音をすくい上げる
- 次工程への連携:言動の矛盾からインサイトを発見し、カスタマージャーニーやPOV(問題定義)へつなげる
まずは身近な業務のワンシーンから、チームで共感マップを書いてみましょう。
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